こんにちは!
ブログ「今、夢に生きる」を運営しています、ハギタカシ(@takashi_h7)です。
トモ流への寄稿をするようになってから、早一年が経ちました。
この一年で、ずいぶんと自分自身、考え方が変わったなぁと思います。
一番変わったのが、「以前よりもやりたいことができるようになった」ということ。
そこで、今は「やりたいことをやるために私が止めた5つのこと」というシリーズを書いています。
前回は、「人の許可を求めるのを止めた」
今回は、こちら「感情よりもロジックを優先させるのを止めた」
ロジック優先の思考回路
この「ロジックを優先する」という思考回路は、前回も書いた「人の許可を求める」にも通じる思考です。
何かを「やってみたいなぁ」と思ったとしても、人の許可が必要だと思い込んでいた私。
人の許可を得るためには、その人を説得しなければいけません。
どうしてやりたいのか。
やることで、どんなメリットがあるのか。
デメリットはこういう点が考えられるけれど、それをどうカバーするのか。
人の許可が必要だと思っていた私にとっては、ロジックこそが欠くことのできない武器でした。
なんだか「監視している自分」(理性)と、「監視されている自分」(感情)がいて、やりたいことがあっても、イチイチ理性に「これ、他の人にやってみたいって言っても通るでしょうか」とお伺いを立てているような、そんな状態でした。
そんなふうに考えることに慣れてしまった私は、いつの間にかこう考えるようになりました。
「ロジックで説明できなければ、わざわざ自分の時間やお金を使うだけの価値がはない」と。
自分の感情を大切にする?
そんな状態だったので、「自分の直感を信じて判断をする」「やりたいかやりたくないかを重視する」という話は、私にとって、意味不明なものでした。
そんな判断の仕方は、ワガママだし、公私混同だと思っていたんです。
そんな私が変わっていくきっかけになったのは、前回書いた、「人の許可は要らない」を実践しはじめたときのこと。
人の許可をもらおうとしていたから、相手を説得するためにロジックが必要でした。
けれど、自分で許可を出していいのなら、誰かを説得する必要がない。
ロジックが不要になります。だって、そこには自分しかいない。
自分しかいないなら、自分がやりたいのか、やりたくないのか、それが全てであり、それしか判断の軸はなかったんです。
そこからは、自分がやりたくないと思ったことを、一つひとつ止めていきました。
最初は小さなことから。
そうしたら、気づいたんです。あぁ、初めから自由だったのかもしれない。
「自分が勝手に、ロジックという名前の”世間の常識”を気にして、自分をその枠にはめ込もうとしていたから、あんなに苦しかっただけなんだ」と。
やりたくないことを、小さなことから一つずつ手放してみる。やりたいことを一つずつやってみる。
自分の感じた素直な感情を、理屈よりも大事にする。たったそれだけで、窮屈な枠の中から、少しづつ出ることができるはずです。